塩ラーメン
干し姫貝というのは、アオヤギ貝を天日で干した三重県産のあおやぎの干物なんだけど、高級珍味のこいつはアオヤギを伸ばし手間暇かけて乾燥させてあるので、海の香りが貝の濃厚な風味にのって口に運ばれます。なので値段も結構な感じで20匹千円ほど致します。
通常は日本酒に浸してから中火で炙っていただくのですけれど、小生、ラーメンのダシにならないかと考えた。
ラーメンは勿論、塩であります。
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干し姫貝というのは、アオヤギ貝を天日で干した三重県産のあおやぎの干物なんだけど、高級珍味のこいつはアオヤギを伸ばし手間暇かけて乾燥させてあるので、海の香りが貝の濃厚な風味にのって口に運ばれます。なので値段も結構な感じで20匹千円ほど致します。
通常は日本酒に浸してから中火で炙っていただくのですけれど、小生、ラーメンのダシにならないかと考えた。
ラーメンは勿論、塩であります。
出し巻き卵を焼くには、卵の六掛けでダシを入れると上手く巻ける。
火は弱火でじっくりと、若しくは強火で速やかに。
これは、焼き手のやり方によって異なるけれど、小生の場合は弱火でじっくりとである。
最初に手に入れた道具は、有名な「有次」の玉子焼き器。
確か2万7千円ほどして、油まわしには時間をかけたものだ。
これは店員さんのご説明、「弱火で油を引いて、最初は卵だけ、少しずつダシを足して下さい」を忠実に守っていたわけで、実際に焼くまでには数日を要したものだ。
当時は、その「わざわざ感」も、初めての出し巻きを美味くしてくれたのを覚えている。
本日は、お稲荷さん参りの日ですから5時起き。
朝食の用意をして、いざ食べるとき「なんだか上手くできたなあ」と思いまして写真をとってみました。

献立と申しますか、内容は次の通りです。
以前、京都へのリピーターから「京都らしい魚って何だ?」と聞かれた事がありまして、即答できなかった覚えがあります。
今でも不明確なのですけれど、「よそさんの小生」なりの京都っぽい魚となりますと、丹後でとれる海の魚や京都を流れる川の川魚となりましょう。
特にこれから市場に出回るようなハモ料理の『鱧』、サバ寿司の『鯖』、そして、年から年中あります、にしん蕎麦の『鰊」。この3つくらいが適当なのかと思われます。
しかし興信所の調査員である以上、やはり自腹で食べるような甲斐性などはありません。
およそは浮気調査の張り込みや尾行に適した食べ物、パンとコーヒーなどがほとんど、ホカホカ弁当の登場は調査員時代の感動的な出来事で、調査現場であたたかい御飯が口にはいるというのが嬉しくってたまりませんでした。
そして更にコンビニエンスストアが増え始めてきた頃になると、これは興信所の調査員のために神が与えてくれた施設であると思った。
大げさなようですが、本当のことです。
いつでも24時間あいているのが心強くって、今はエディがつかえるam/pmやKmartが好きだけど当時はローソン。深夜におよぶ張り込みや尾行。その合間にみえる「コンビニの灯」に大変勇気づけられる、なのでコンビニ前にたむろする若者の気持ちは大変良く判ります。
さて、単に腹を満たすという意味で食事をしなくなってきたのは、尾行をしている対象者が入る店に興味を覚え始めたころです。
浮気調査をしていると、対象者は愛し合う二人となってラブホテルに直行することが殆どであるけれど、食事をする場所に入ることも多い。
その二人の尾行をしている興信所の調査員というのは、店に入るのを確認した後、外で「張り込み」を行う。
そして、中の様子も報告書に記録しなければなりません。
どんな会話をしているのかを始めとする10項目ほどです。
なので、愛し合っている「二人」が食べている料理も目に入ってくる。
それは、金子氏にご馳走していただいた、ステーキであったりフォアグラであったりした事もある。
はたまた、手に手を取っている二人の周りには、オーケストラのような奏者が何人も取り囲んでいて、素敵な音楽によっている二人が格好良く見えた、そんな雰囲気の良い店もあった。
そして、小生には行くことなど出来る店ではない、分相応でないと行かなかったのです。
しかし、そんな店にも無いお金を握りしめて通い始めるようになってきました。
小生、我慢が出来なくなったのだと思います。
このカテゴリ「おいしい食べ物」では、小生の感じた「京都のおいしいもの」について記そうと考えています
京都の街にある食べ物は、小生、なぜこんなにも面白く、興味深いのだろうと思います。
小生は最近つくづくそう思うのです。
食べ物を面白がってはバチが当たりそうですが、ここでは日々変化しているからこそ面白いという意味。
実は、小生のもつ幼少の頃や青年時代の記憶の中には美味しいと思った私の記憶はいちじるしく希薄。
少し幼少の思い出話となりますが…、
いや、これはむしろ無いと言ってもよくって、もちろん、日常的に食べていたようなものへの思い出は残りにくい事は判るけど、育った家は共稼ぎ、その上に父母とも多忙でまことにお目出度い様なことが無いと外食などに出なかので、小さな頃に行ったお店など誇示できるようなお店、自慢できるようなお店の思い出などもない。
あえて記すなら、嵐山は渡月橋北詰の「京嵐山」のざる蕎麦。こいつは家族で岩田山に猿を見に行った帰りに家族揃って食べたもの。ダシが旨かったので今も思い出すと唾がわく。
そして、今はないけれどホテル東山閣の地下レストラン。
生まれて初めてのコース料理を味わったわけで、スプーン・フォーク・ナイフは家で練習してから行ったわけで余裕を持って味わった。緊張していたのだけどここで飲んだコーンポタージュは旨かった。
まあこの程度です。