忘れていたのに第三者によって引き戻された
今日はひさびさ、ドエスのためのエアラインANAに乗る事にした。
自分によっては、この優しいキャビンの雰囲気よりも、無愛想がデフォルトのJALの方が、好きなんだけど、これはさておき。
最近、酒のせいかな、もの忘れが多くなっている。
つい先日も酒席をともにした人との会話に自信がない。
翌日の電話、あの、ほら、あれとか言われて、話が進まず額から脂汗がにじみ出る。
ひどいのは今朝だ。
今朝と行っても昨夜のサイゼリアで食べてから、その前の駐車場で仮眠して起きたときのことだが、何を食べたのか思い出せない。
あのクソまずいマグナムワインと、チーズのなにか、だってのは覚えていて、さらに悔しいことに、小生の貧乏舌が美味かったと記憶している何かもある。
しかし、スコーンと抜けていて怖いのだ。
もう俺は俺という酒飲みが、ほとほといやになった。
小生の「もの忘れ」には、行動パターンと、名前のパターン、この二つがある。
ものを覚えるには、まず小生の脳にある「海馬」にインプットされ、そして大切に残してなければいけない、残しておきたい!って記憶は、大脳へと移動する、はずである。
海馬は、いわゆるICレコーダー、大脳は、保存するハードディスクみたいなもんだな。
ところが、このICレコーダーのバッテリーなのか、取り扱いが悪いのか、余りにも湿気ているのか、いや水没でもさせてしまったのか、ほら、あれ、となってしまうのよね。
悲しみとか、いやなこと、説くに怒りなんてのは、時間とともにボンヤリとかすんでくれて、たとえ、どんな憎しみや恨みも忘れてしまおうとする。
普通はそうで、このくらいの優しさは備えている、普通ならば。
しかし、ときおりはこれが変化する。逆鱗に触れるわけだ。
こればかりは、幾ら酒を呑んでも忘れられない、消せない記憶となる。行動も名前も一生かけて果たしてやろうとする。
忘れていたのに、第三者によって引き戻された。こともあろうに、あってはいけないライン上である。
次の渋谷相談室は、6日から。今までの反動から様々なアクションを起こさざるを得ない。
だって、この件によって、わが海馬は補修され(笑)て素晴らしい伝達速度にリニューアルされた。それに大脳のみではなく、本社のサーバー、おまけにいつ落としてもおかしくないMAGNUM64GBにも保存されている。(笑
穢土の1日の修行は、深山の1000日の修行に勝る。だてに40年近くこの稼業しとらんでの。
止められるか俺たちを。
我ながら、未入浴5日目は、周辺50センチに人を寄せ付けない。羽田のSIGNETでかきはじめ大阪モノレール内でアップしましたなう。


