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2006年3月26日

蕎麦について

そばを愛する理由としては、次のような理由があります。
今では、テレビなどでもルチンが含まれていて、などと喧伝されたり、高血圧に効果があるといったことも言われておりますが、小生の場合、「総じて体内の汚れをとる」と言った捉えかたをしているのです。

オカルトっぽく言うと、蕎麦そのものに、清めとか祓いの意味も含まれていると、この様に思っているわけです。

日本人は、昔から引っ越しそばや、棟上げそば等、新しい門出への祈りを込め蕎麦を振る舞ったりしてきました。

また、金箔をのばしたり金粉を寄せるために、蕎麦粉が使われていたので、商売繁盛を願う商家の「晦日そば」が生まれ、さらに興行の「大入祝いの蕎麦」となった事も、麺の長さと長いお付き合いなど語呂合わせでとはいえ、やはりは、それなりの清めや祓いの意味合いが含まれている様にも思うのです。

だから、京都に居るときにはヒマがあれば蕎麦をを食べるようにしております。(因縁が多いという自覚に比例しているものではありませんので悪しからず)

そば切りまでは時間的にも難しいのですが、実は、「そばがき」なら時折自分で作って食べるほどです。

そして、その時に悩むものが、このそばがきにかけるダシであったりいたします。

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2006年3月25日

このカテゴリ(麺)について

このカテゴリでは麺を出されるお店について記すつもりです。
いまのところ、全ての麺類について触れるつもりはなく、種類は蕎麦・ラーメン・うどんの三種類です。

ルールは、「京都」の「おいしいお店」、ネットなどで見かける☆によるランクづけ等しません。
二度といかないだろう店は記録すらされませんが、誰かを連れて行きたくなる店はその様に、また、以前から通っている店であっても久々に行くようなこともあります。
その際に以前にも増して美味さが続き、ついにはその店を愛してしまったような場合、名称がカテゴリになるようなことも考えられます。しかしその都度に小生の正直な気持ちを記すつもりです。

例外でもうしますと、例えば「本家夢屋」というラーメン店があります。
ここのように塩ラーメンが旨くとも、本店が鳥取であるので記すようなことはありません。
それは、万が一にも堺の名店「龍旗信」の京都店が出来たとしても同じ扱いです。
まあもっとも、これに勝るようなラーメン店は京都にあまりありません。「ラーメンをなめている」京都のラーメン屋さんは長続きしないのだろうとも思います。

なので、旨くないお店であっても、以前は旨かったのに、どうして変化させるのかと言った自分のワガママのようなことは記します、もう一度、京都ラーメンは旨いと全国に伝えたい、返り咲いて欲しいといった気持ちからです。

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