月別アーカイブ: 2007年4月

鹿児島〜霧島・大隈の焼酎蔵

焼酎造りに不可欠のサツマイモと水。大隈半島北部のシラス台地で育つサツマイモが原料の焼酎は、すっきりとして飲みやすいものが多い。また、照葉樹林に覆われた大隈半島南部や、霧島山麓は良質の水にも恵まれています。

続きを読む

鹿児島〜南薩摩の焼酎蔵

薩摩半島南部は、黒土の畑で育つコガネセンガンなど良質のイモがとれるサツマイモの本場です。
南薩摩産サツマイモを100%使っていることを示す統一マークを作って表示しています。
ここでは、南薩摩の蔵と代表的な芋焼酎を記しておくことにします。

続きを読む

このイモ焼酎早わかりについて

今夜のダイヤメは何にしようか!
いつからか鹿児島の友人と話ていて自然に使えるようになった。

本当はダレヤメらしく、疲れ(ダレ)を、止め(ヤメ)る、の意味。
一日、お疲れさまってお酒。そしてダイヤメの量は二合までと決まっている。

そして、これ以上、焼酎の量が増えると「宴会」と言う。
よってダイヤメは一度も経験したことがない。w

続きを読む

青春の影

久々といっても随分なもので、実は20年ぶり。
会って飲んでいるうちに「青春の影」なんて懐かしくなって口ずさんでた。
これを酔っぱらっての上と済ませるなら、それも良いのかもです。

その友と語り合っている間に知らされたある意味のパーミション。これは、僕を自由に、また、改めてこの詩を口ずさむことで紛れもない後悔と懺悔を行いはじめる事となった。

続きを読む

いま完成を楽しみにしているナニの件

先日受けた相談の余談。気になる話しを聞いた。

中学二年の娘さんが、パソコンに届いたメールを見て泣き出したというのだ。
その画面を見ると「このメールを、すぐ10人に送信しなければ、暴力団員が殺しに行く。アドレスは既に登録済みだ」という内容。

そこで、すぐ送信してきた子どもの母親に連絡をとったところ、その母親は「そんなメールを子どもが送っていたことはぜんぜん知らなかった」という返事をされたとの事。
いわゆるチェーンメールですな。

続きを読む

永平寺蕎麦のお店「雲粋」で食べた

今から約750年前の寛元二年(1244)に「日本曹洞宗」第一の出家参禅の道場として道元禅師によって開創された、大本山永平寺。

この歴史深い永平寺の門前・永平寺町には「永平寺蕎麦」なる名称もあるほどに古くから数多くの蕎麦屋が点在している。
寺方蕎麦があったという史実はないが、寺に参拝する人のための茶店から発して門前蕎麦として発展していったと聞く。

さて、福井で蕎麦といえば「越前そば」。
越前蕎麦の歴史は室町時代中期の文明三年(1471)。越前の大名、朝倉孝景が一条の合戦の際に非常食として蕎麦を栽培したのがはじまりとされている。本多富正が府中の城主となった折に蕎麦職人を招いて蕎麦栽培を奨励するようになり土地に根付いたと考えられております。

越前蕎麦を代表とする「おろし蕎麦」が登場するのもこの頃のこと。挽きぐるみのやや黒っぽい蕎麦にたっぷりと大根おろしをのせ、つゆをかけていただくのが越前蕎麦。

続きを読む

福昌禅寺 (九州36不動霊場めぐり 17番札所 )

九州の霊場を逆打ちで発心して以来、福岡県〜佐賀県〜熊本県〜大分県〜長崎県、そして結願の地は、小生が母親の出身地、鹿児島県となりました。
その最初の寺院は、九州三十六不動霊場三番目の曹洞宗寺院です。

曹洞宗の本山、永平寺のご開山、道元禅師は「仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をならうというは自己を忘るるなり」と、おっしゃいました。
これは「仏の教えを学ぶものは、自分を忘れることが何よりも大切なことである」とお示しになった言葉であると、小生は受け取らせていただいております。

このように道元禅師は自分を忘れることで、自分を捨てることとされ、何がなんでも私がと自分の幸せばかりを追い回しても、幸せは咲きへ先へと逃げていって、掴むことは出来ないと教えられています。

しかし、今回の発願の際も、心にあったのは、自分の思いばかりではなかったかと、振り返り思うところもあります。

続きを読む