カテゴリー別アーカイブ: 九州三十六不動霊場めぐり

大岩屋山 応暦寺 (九州36不動霊場めぐり 7番札所 )

ご存じの通り、宇佐神宮は宇佐八幡ともいい、全国四万余りの八幡宮の総本山。
伊勢神宮に次ぐ宗廟として、古く奈良時代から朝廷の崇敬を受けた名社で、天皇即位や国難のおり奉幣のため、はるばる宇佐使が朝廷より遣わされたとされる神威の高い神社であります。
その宇佐神宮から、国道213号線を国東半島へとすすみますと、九州三十六不動霊場巡礼は国東半島に入ります。
しかし国東あたりの磐山というのは、水墨画のそれに似ているか、いやむしろそれよりも美しくて、この山容というのは惚れ惚れとするものがあります。
山号「大岩屋山」にもなるほどと肯けるところだ。
しかし、これは眺めの話であって、六郷満山の峯入り行場としては一気に嶮岨、その厳しさを感じる山に変化するのです。

続きを読む

桔梗山 三明院 (九州36不動霊場めぐり 8番札所 )

恩讐の彼方に 大分県の最北端に位置する中津市は、中津城下町の侘いを色濃く残した歴史の里であり、また、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」でも紹介される青ノ洞門、開基以来600年の古刹羅漢寺など、中津市の南部、英彦山に源を発する山国川と、その支流一帯からなる大峡谷は東西36km、南北32kmもの一大景勝地であり、悠久の流れをうつす水郷の里ともいえる癒しの地ともいえます。

また、福沢諭吉が一万円札の顔となってからは諭吉の里としても脚光を浴びており、3歳から21歳まで起居した藁葺きの母屋や諭吉が勉学に使った荒壁の土蔵、そして福沢記念館があります。館内に展示してある「学問のススメ」の原本を始め遺品、遺墨、著書が展示されている。
戦後の軽薄な世相を憂い、道徳学を提唱した広池博士が育ったところでもあり、いわば、多くの碩学者を輩出した由緒ある土地ともいえよう。

そしてこの土地に開基されているのが、三明院です。

続きを読む

総社山 円寿寺 (九州36不動霊場めぐり 9番札所 )

世界の人口に、動物などの生命を加えたなら、それは65億の人に加えて何百億、何千億となり、それぞれの1から発射される精子というのも何十億とあるわけですな、それで精子が卵子と結ばれ人として生まれここにある私。これは誠に不思議で有り難い。

大分川の右岸に拓けている市街地から南へ。
高台に向かってすすむと九州三十六不動霊場霊場めぐり第九番札所は、総社山 円寿寺さん。願かけ不動として有名な寺院があります。
古くは大友氏の居城があった西山城址に隣接している境内に六坊が甍(いらか)を並べていたとの事で、付近には、元町石仏・岩屋寺石仏・臼杵石石仏など見応えのある石仏群が並ぶ歴史の地。

本堂は修復中でありましたが、ご住職のご配慮により御本尊の所までご案内いただけた。こちらは九州三十六不動霊場会の事務局、ご配慮頂き1人にさせていただいた。


不思議はその時に現れた。小生の自宅道場と同じ波切り不動尊のお姿の前に座らせていただくと、小生の周りにみなぎる霊威があった。
本堂は改修中、御堂は御本尊の不動明王のみがおられるのだが、この場すべてが大盤石で、こちらのお不動様の光背、盤石前の水波たるや前に座らせていただくだけで、不動尊の慈悲に満たされていた。
このような表現すると狂ったのかと誤解されかねぬ、しかし続けるなら、動の働きを持たれているのです。まさにお不動さんには不動と動、実在と現象の二極があって、この場を慈悲の働きが包んでいる事を実感した。

続きを読む

金龍山 臨済寺 (九州36不動霊場めぐり 10番札所 )

今日から大分県。九州三十六不動霊場を逆打ちでと発願したのであるが、先日から結願地が鹿児島になっている夢を三日間連続してみたのだから、何らか訳があるのだろう。そう思って最終札所を鹿児島とした。
とはいっても、順には打たない。逆は逆打ちで今回からの大分県も逆に10番札所から巡る。

そう決めて始めた途端に北朝鮮行きの話をいただいた。

バテレンと宗麟の時代豊ノ国と称した大分市の変遷は、建久七年(1196)守護職に任命された大友能直が入国し、後裔四百年にわたる政権のもとに発展しています。
キリシタン大名としても知られている二十一代大友宗麟は、当時キリスト教や西洋文化を積極的に取り入れるなど南蛮貿易を盛んにして、現在の大分市である府内及び臼杵港には中国船やポルトガル船が入り国際都市として繁栄してきました。
後には、天下布武の政争に敗れて大友支配は終焉しますが、藩政下では府内城を中心に産業の隆盛を図り、明治維新ののちからは近代化へと大きな脱皮をしているのです。この辺りの背景はバテレンと宗麟の時代に詳しい。


 本日の巡礼地、九州三十六不動霊場第十番札所 臨済寺は、大分市南部の大道隧道を過ぎた永興山にあります。
もとは、大分川の左岸にある尼ヶ瀬村というところにあり、修験寺で天台宗法系の聖護院末大法院と称していたが、明治5年より比叡山延暦寺に属しています。明治24年には、秦 秀教上人の代に現在の地に御堂を移し金龍山臨済寺と改称。明治39年に不慮の火災に遭うも、加持祈祷の旺盛な信心によって再興し、嗣いで順応大僧正の努力によっても寺格は次第に整えられ、現在の順照和尚の代には「厄除け不動霊場」としての信仰を集めております。

続きを読む

大本山 誕生院 (九州36不動霊場めぐり 24番札所 )

有明海から国道444号線を鹿島市内へむけて走ると札所が見えてくる。
車を止めて境内を歩き始めると、併設されている、誕生院保育園の園庭の方から一所懸命さが伝わってきました。ハーイ!という元気なお返事が聞こえてきたためです。

霊場を巡っていると、このような周囲からの影響力に触れられる機会があって、これも小生の霊場巡りの楽しみとしているところなのですが、これと似たような経験で、「漸く(ようやく)やっと」とおもえる瞬間もあります。

随分前の記憶。これが偶然に通りかかった場所で蘇ってくるのはデジャブにも似ていて、様々な瞬間に訪れるからこれも楽しいのだが、時折、アレ?どっちの世界かなあ、なあんて思う事もある。
それは今回のように境内に入った瞬間であったり、様々なんだけど、何か土地が持っている性格とか性質みたいなものがあって、それが園庭の一所懸命な園児たちを育てているのかと思った。

それもそのはず、この御寺院は、言宗の中興の祖である興教大師 覚鑁聖人の生誕の地に建てられた寺院。
聖人様の誕生された場所なのだから、素晴らしい園児も育つに違いない、そういった意味からも小生、なおも漸く故郷に帰らせていただいたかの様に思えてきたのです。

続きを読む

大慈禅寺 九州36不動霊場めぐり 20番札所

九州三十六不動霊場めぐり第二十番札所の大慈禅寺は、九州の曹洞宗本山として、古くから人々の信仰を集めている禅寺です。
創建は弘安元年(1278年)で、曹洞宗の開祖である道元の高弟寒厳(かんがん)禅師によって開山されました。

寒厳(かんがん)義伊文書の四幅や梵鐘(ぼんしょう)といった、数々の貴重な寺宝が保管されており、これらは、国の重要文化財に指定されています。その他、掛け軸や仏像、石造物なども保管されています。

お不動さんは、以前は境内の水掛不動尊だったようですが、現在は本堂内におられます。
本堂の中央には本尊釈迦牟尼佛、両脇侍に迦葉、阿難両尊者を安置されていました。

続きを読む

杉岳山不動尊 大聖寺 (九州36不動霊場めぐり 25番札所 )

佐賀県の武雄市周辺を通過して行こうかと思ったけれど、このあたりには巨木が多いのを思い出した。
「武雄の大楠」は武雄神社にあるご神木で全国第7位の巨木。「塚崎の大楠」は、樹齢三千年ともいわれている。「川古の大楠」は全国第5位を誇り「黒尾の大銀杏」も樹齢300年と言われていて、季節が秋であればなあ、などと山あいの道をひた走る。
女山峠から徳連岳に入り始めた頃、「道は二つあって一つは険しい」と九州三十六不動尊霊場 第26番札所 無動院のご住職に言われていたのを思い出す。
排気量不足を感じた事がなかったトヨタ ヴィッツが上がらないほどの急勾配だったからで、これはどうやら険しい方だと判り始めてきた。

続きを読む

無動院 (九州36不動霊場めぐり 26番札所)

お釈迦様が入滅されてから、次の仏である弥勒菩薩がこの世に現れるまでの五十六億七千万年間は、いうなれば仏不在の空白期間。

そこで弥勒下生までの間、六道(地獄〜餓鬼〜畜生〜修羅〜人間〜天をめぐって人々の救済にあたり、人々の願いを残らずに聞き届けるまでは菩薩界には戻らないと誓って、いまも頭を丸めたお坊さまのお姿で六道遍路の旅を続けておられるのが地蔵菩薩です。

続きを読む

正福寺 (九州36不動霊場めぐり 27番札所)

幸福と不幸は一対、表裏一体、裏腹であります。
「楽あれば苦あり」「苦あれば楽あり」、「禍福はあざなえる縄のごとし」「人間万事塞翁が馬」と、小生の場合、何となくだけど不幸と感じたり、幸せと感じたりすることと言うものが、交互にやってくるように感じることが多くあります。

最近の小生の場合ですと、正月に悪いことがあれば、今年一年がずつと悪いんじゃないかと思いこんだり、逆にオミクジで大吉なんて引き当てると、もうそれだけで幸せを分けてあげたい位の心持ちになるのです。

続きを読む

千如寺 宝池坊 (九州36不動霊場めぐり 28番札所 )

この道。随分とに尾行して通った事があるなあ等と思い出し、何の件だったかと記憶を辿るが思い出せない。

小生は、この九州三十六不動尊めぐりを逆打ちしておりますから、佐賀市から福岡市早良区に向けて国道263号線を北上する。そうすれば三瀬峠を越えてゆくことになる。

機会があれば、是非行かれてみると良いと思うのは、良い気が満ちていて、幽遠さというか何とも軽快な気分になれるから。
そば街道と言われるほど蕎麦専門店が建ち並んでるから、食事するにも楽しみが増えましょう。

さて良い気の流れる道は続いて、更なる幽遠な山道を進んで30分ほど。
いよいよ、その気の根源たる「雷山 千如寺」に到着いたします。

続きを読む