なんか大袈裟なタイトルつけたなあとか思いつつ…
新装開店の8月以降、観光にお越しの方にスケジュールをあわせ、口惜しい思いをしながらの素通りは実に4回。
「今日こそ岡北のうどん」となんど決めた事か、京うどん 生蕎麦 岡北さんは2008年7月中旬まで改装中です。と書いて以来、ずっとだった。
いやしかし、そんなこんなで、今日はタイミング良く行けたんだ。
なんか大袈裟なタイトルつけたなあとか思いつつ…
新装開店の8月以降、観光にお越しの方にスケジュールをあわせ、口惜しい思いをしながらの素通りは実に4回。
「今日こそ岡北のうどん」となんど決めた事か、京うどん 生蕎麦 岡北さんは2008年7月中旬まで改装中です。と書いて以来、ずっとだった。
いやしかし、そんなこんなで、今日はタイミング良く行けたんだ。
基本的にウドンなんてのは大嫌い。というほど好きでなかったウドン。
ダシの素か何かのスープの中に、ヌルヌルしている白く細い麺を入れる。
その麺を、口の中に入れる時それは既に溶け始めて、ほとんど噛む必要すらないので汁と一緒に飲み込んだ。これが幼少時のウドンへのイメージで、小学生の低学年位になれば、自分で昆布やら鰹で出汁を取るようになったりしてたけど、このイメージばかりは変化せずで、ウドンというものは相変わらずヌルヌルの食べ物。だから「饂飩を食べる人はダメな奴だ」位に思っていたのです。
ところが、仕事で行ったはじめての四国。ここで饂飩を口にしたとき、これは一変しました。お昼に何を食べようかと、何も知らずに入ったうどん屋。それはテーブルに座れば注文を聞きに来るようなスタイルではない。
どのくらいの量なのか、そして、温かいのか冷たいのかを伝え、トッピングの玉子やかき揚げ、竹輪天など好きなものを選んで皿に取る。
京都は左京区の岡崎あたりにおりまして、お腹が減ったとき、それも軽く麺類となりますとやはり、自家製麺 岡北。
これはこのブログを始めてから間もない頃に、小生が勇んでご紹介しておりますとおりであります。
しかし、本日の火曜日というのは京うどん 生蕎麦 岡北さんの定休日。
このような時にはたいてい趣向を変え長崎チャンポンのまつおとなるところです。
ところが、今日は少し違いました、新店オープンです。
1970年代関西フォーク界として有名だったミュージシャン友部正人さんの曲、『遠来』。この方の曲名をそのまま店名にしているお気に入りの手打ち蕎麦屋さんが京都にある。
遠くから来ると書く遠来は、何となく哀愁を感じる言葉であるが、遠くから来ると書く。来る、ならぬ出張族の小生の場合は遠くに行く事が多い。遠くに行けば遠くのことを様々と感じるのだけど、実は自分がいつもいる土地について、その遠くの土地を通して感じたりしていることも多い。これは比較なんて事ではなくって、むしろその場所が礎になっているといった事であり、また、自分の土地が礎になっていたりして増幅したりする感動のようなことであり、いくら遠くでもその感動がない土地もあれば、感動ばかりの土地もある。何にしてもその土地にいる今がどう感じているのかという事こそ大切なんだろう。
この曲をはじめて聴いたときそう感じたのを覚えている。
小生の学生時代、錦を上がったあたりにあったお店。
カレーうどんがたまらない、海老もどでかい。長くて太かった。
暫くして行くと閉店していたので諦めていたのだけれど、以前、必死で「聞き込み」を致しましたところ、現在の六条新町のお店が同じ系列である事が判りました。
そして通い始めてもう何年だろうか。
ここ『招福亭』さんは、きっと60年はあるお店。
小生も半分くらい、学生からの期間を足すと30年近く『この味』に通っていることになります。
なので、全てのメニューを紹介したいほどのお店、と言うことになりますけれど、あえて、ひとつに絞るなら、写真の「カレーうどん」がお薦めです。
特別な追記:岡北さんは2008年7月中旬まで改装中です。
必ずといって饂飩よりも蕎麦を選択するのですが、京都市内にいる場合、岡北のうどんかどこかの蕎麦といった順に考える。
四国の方には大変申し訳ないけれど、「大山製麺」や「まるいち」よりも、小生はここの麺が好きだ。
好きだとまで記すには理由があります。
まず饂飩。これは太いうどんではなくって、丸いうどん。
口に運ぶと、饂飩の匂いがする。口の中でも表面が優しくやわらかい。
でもしっかりと腰もあるうどん。
ですから、ツルツルもちもちツルツルもちもちと、熱くっても体がうどんを欲しがるのです。止まりません。
もう何度、人を連れて行ったことか判らないこのお店、出来ればあなたもお連れしたい。