離婚に足りないもの

小生は今年で48歳になります。ハタチの時に結婚しましたから、あと2年で30年です。

この時期に、また、この探偵業に携わっているボクが自分の離婚について考えるというのは、如何なものだろうか、とか思いつつ、まぁあくまでも仮の話として記してみようと思うのです。

世間では、夫婦として20年以上暮らしてから離婚する事を熟年離婚とか言います。

20年以上夫婦生活を続けて、離婚をする夫婦。ウチは28年目ですからつまりこれです。

どうでしょ、おそらくは20年以上も夫婦生活を続けていたら、その経験たるや涙あり、笑いありと本当に様々な経験や誇りがある。

それでも乗り越えられない、なんらかの事態が起こったから、その(きっと)幸せであったろうと思われる過去や、あるいは我慢の積み重ねの過去に、「さようなら」をする。

あの結婚式。そのご祝辞で共白髪、偕老同穴と、人生の諸先輩方が夫婦が幸せになるようにと心をこめてご祝辞をいただいていたのだけど「さようなら」の決断をする。

熟年離婚を考える年頃。

そもそも40代から60代なんてのは、個人個人が人生折り返しから残りの危機感を意識しているに違いない。

そしてこれも個々人の見解によるけれど、この年になってくると人生の折り返し地点を越えているという感覚が押し迫っていて、生きていられる時間が残りいくらだとか、その少なさを感じたらずいぶんと悲観的な考え方に直結してくる、そんな時期ではないか。

男の場合なら、化粧をする女にくらべて肉体的な老化現象があらわれる年頃。

奥さまの場合も、家事や仕事、それに育児に集中していて、たとえば自分の夢をわが子においた上で努力しる途中で、ふと愛情を求められたとしても現在の自分の現実に省みて、応じられないような事もある。

特に最近は、いろいろあった。

4月に入ってからというもの、我が身体の老化が顕著に表れてきた。

なにも老化のシンボルとは言わないが、白髪がとても目立つ。顔のしわが目立つ。

おまけに最近大牟田に行ったときに、身体に激痛が走った。

まわりを見ても、田んぼと畑が目立つ場所で、ひとり額ににじむ脂汗と腹部の激痛に耐えながら必死な思いで福岡市内までもどり、ひとりホテルで一夜を過ごしているとき、人はやはり一人で死んでゆくのだろうなぁ等と感じていた。

過去の延長線上にある今の自分が、夫婦の片割れとしての自分であるとき、もしもその一方に否定されたように感じたなら、少なくとも片方は存在価値を失う。

さらに、生涯にわたる伴侶性を否定されると、同時に物質的と言うより精神的な危機的状況に直面するようにもなる。

こういったとき、もういっそ自分の身体に「さようなら」しようとまで考える輩もおるほどで、夫婦の絆もその対立の向こう側が、いかにも現世的で日々刻々と焦眉の急を告げる事態にもなって、離婚という二文字に己が精神がやられてしまい、もういっそと「さようなら」を考えるようなパターンだ。

これはもはや夫婦としてではなく個人の生き方存在価値を、潜在的に自己否定している危険的な状態ともいえましょう。

ボクは幸せの絶頂の結婚式以来、自分の所属する夫婦というコミュニティーを肯定し続け、あるいは我慢という合理化を行ってきたのです。

だから、もしも離婚の選択を行ったとしても、この結末を肯定し、合理化してきた自分自身を肯定し合理化して迎え入れる事など心情的に出来るはずがありません。

過去の延長線上にある自分であっても、一旦これを割り切って完全に否定する事が必要となるためです。

しかしこれは、何かの試験を受けてスベったとき、また来年があるさ、今までの苦労は無駄にはならないと自分を励ますようなあれとは違う。

二度と無い人生だから

だからといって、二度と無い人生、やり直しが出来るさと、新たな夫婦生活を新たに持つことに対してはボクはずいぶん否定的に捉えている。

離婚するにしても、来年の試験を受ければいい、といった安直な考えは廃除して再婚はしないと心に強く決めておいたほうが良いと思っているということだ。

たとえば、不倫の延長線上で離婚なんてのは論外、一度幸せに出来なかった失敗事例を持つ人が、相手が替わったからといって、新しい相手を幸せに出来る保障などどこにもない。だからその相手にとても失礼だ。

こう決めて考え行動すれば離婚の選択肢を選ぶ可能性が少しは低くなる。

それに、別れずにさえいれば、きっとお互いにわかり合えたり許し合えたりする時期がやってくる。浮気がバレタからといって決断を焦ってはいけない、必ず後悔することになる。

長い夫婦生活の中だもの、いくつもの些細な誤解はチリも積もれば山となり、チリの内容物によっては化学反応を起こして煙も立って、ヘタをすれば燃え上がり噴火もするだろう。(しないか)

さて、ここまで迷い記してきて判らなくなってきたので、いつものように仏教聖典をパット開いてそこを読む事にしてみた。そして次のようなところに目が留まり何かしら目がさめたような気がしたので、ここに(手打ちで)引用する。

家庭は心と心がもっとも近く触れ合って住むところであるから、むつみあえば花園のように美しいが、もし心と心の調和を失うと、激しい波風を起こして、破滅をもたらすものである。この場合、他人のことは言わず、まず自ら自分の心を守ってふむべき道を正しくふんでいなければならない。

離婚とは、いわば自殺をすることと似ているようにも思う。

災いが内からわくことを知らずに、配偶者を含めた第三者からわくと思えば被害者意識に陥るだろう、それが極まってやってしまう自殺もあるからそのためだ。

自ら正しさを捨てなければ、その正しさは永久に滅びるものではない。その正しさがなくなるのは、自らの正しさそのものがなくなるのではなくて、その人の心の幸せへの道しるべが失われるからであろう。

夫婦間における心と心のくいちがいこそ、本当に恐ろしい不幸をもたらす事。これを今一度振り返り思い知っておかなければならない。別れてからの自分も不幸であるとの未来的な自覚も必要だ。

だから、ほんのわずかな誤解が、ついに大きな災いとなったときこそ、その時においては家庭生活において、自ら心にあっただろう「幸せへの道しるべ」を思い起こすこと。これが今、特に注意をしなければならない事であろうとも思う。

「山路を登りながら」

ボクが小さな頃、つまり小学校か中学校で漱石の草枕というのを読んだことがあって、意味なんて全く理香出来なかったけど、こんな事を考えているうちに思い出した。

「山路を登りながら、こう考えた。智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。」

そして、草枕はこう続く。

「住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。」

ここまで読んで、引用下段の「画家という使命が降るが」の下りがボクには、「夫婦としての使命が降る」ともよめた。

所詮、夫婦が営んでいる家庭なんていつまでも、多少なり過ごしにくい(“憎い”ではない)ままであって、どこにいっても人間がいる限り同じ事なのだ。

だからもう選択肢は二つくらいしかないにちがいない。

ひとつは、家庭で住みにくくしている不条理や矛盾を我慢して、波風立てず、円満を心がける「円熟的な生き方」か、またもしくはその正反対に、自らの正義を振りかざして、たとえ家庭内で孤立しても、ぶつかり合って生きてゆく「角熟的な生き方」を選択することだ。

まだ、草枕には続きがある。しかし今の自分はココで留めて、良く意味を理解することが良いだろうと思った。

さてさてお陰様で、この様にぽちぽちと記している内に良い体調が戻ってきたようです。

今は自宅ですが、近畿圏のお仕事が今日は今から、それと明日も少しずつはあります。もう少しは安静にしながらこなして行こうと思っております。

連休明けの7日からは鹿児島〜都内〜新潟〜都内と四月と同じようなスケジュール。家庭で休む日は5日もありません。

なんにしろすべての原因は自分にあるのです。だから残りの人生も幸せへの道しるべを思い起こしながらだけど歩んで行こう。

と結んでおきます。憂いの深きとき喜びいよいよ深く、苦しみの大いなるほど楽しみも大きいものであると捉えられたら、しめたものでありますなあ。

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