転職しようというわけではない。
しかし、やはり蕎麦が好きなのだから本でも知識を付けておきたい。
そう思うから蕎麦を冠していればとりあえず買う。
だから蕎麦を打とうと激しく思いたってしまうこともしばしば。
しかしこの領域は侵さない、あくまでも食べさせていただく側にいる。
そうしたいものだと思っている。
この続きに最近読んだ蕎麦本をご紹介する。
小生のような食べる側から、作る側に入り込んでしまうオヤジにもってこいだと思う。
念のために書いておくが、4冊目はあくまでも本のタイトルだ。
「なる」とは決めていない。
発芽そばへの道
信州上田で手打ち蕎麦店「手打百芸おお西」を経営する大西氏は、3年前、独自の新商品である「発芽そば」を開発した。
4章立ての本書は、その開発にいたるまでの経過報告の「丸抜き実と発芽そば」の章と、発芽そばの発想の原点となった引き抜きの技術が信州発祥がったと言う仮説を土台にした信州そば技術賛歌の「更級そばと丸抜き実」の2章を大西氏が執筆。発芽そばの機能性食品としての特長を学問的見地からまとめた「発芽玄米と発芽そば」を、信州大学院教授の茅原氏が、「発芽そばの成分分析」を同大学院助手の中村氏が、それぞれ担当している。
丸抜きに適度な水分を与え、1日ほどかけて発芽させたものをフードプロフェッサーで粗挽きにし、発芽中に抜き実から溶けだしたルチンを含む液体でまとめる。これと、通常の粗挽き粉を同じ液体で水回ししたものとを合わせて生地にして打つ。それが発芽そばなるものだそうだ。
ルチン以外にも、たとえば不足しがちな必須アミノ酸のリジンも豊富に含まれているという。
大西氏のモットーは「全ての新しい技術は邪道から始まる」。発芽そばを「二十一世紀の御膳蕎麦」としてのブランドに育てることを目標にしているそうだ。
現代語訳 蕎麦全書伝
江戸時代中期の食通が網羅した蕎麦の世界「蕎麦全書」を、昭和の麺食史研究の大家が構注、平成のそば職人のご意見番が現代語に訳して、かつ軽妙に解説
簡略ながらも本書の魅力の全てを語り尽くしている。蕎麦全書の原著は、研究家にとってはさほど難解な内容ではないが、古文であることは事実で、現代の一般読者が読み進めるには、多少の慣れや努力が必要だろう。
そういった意味で本書は、上段に原文と校注、下段で現代語訳が対応する。さらに末尾には訳解者の解説、感想が記されている懇切丁寧な構成。原著の香りを残しつつも十全な内容理解も果たせる研究所だ。
訳解者の解説や感想は読み手によって時に余計と感じる場合もあるかもしれないが、その率直な語り口はいかにも訳解者の持ち味で、原著の理解を深める上での功績は高い。
改めて本書を読むと、蕎麦はやはり不思議で面白い食べ物と思わざるを得ない。
江戸時代中期にこれだけ精緻な論考が加えられた食品は希だろう。江戸人そして東京人にとって、そばは玄妙きわまる存在である。
そばの歴史を旅する
著者の鈴木啓之(すずき・ひろゆき)氏(故人)は1915年(大正4)生まれ。1949年に義父の音吉が東京・平井に開店したそば店「増音」を任され、独学で手打ちを修得。一代で手打ちそばの名店に育て上げ、手打ち名人として広く知られた。平成13年11月に「増音」は惜しまれつつ閉店している。鈴木氏は、そばに関する資料や道具類の大変な収集家でもあったが、麺類にまつわる史跡や習俗などを訪ねて全国各地を巡り歩く「麺類行脚」にも人生を捧げた人であった。氏の旅は食べ歩きでも物見遊山でもない。「店の寸暇を盗んでは歩き回った」というその膨大な時間の旅は、各地に伝わる麺類の歴史と麺食の文化を、現地に飛んで実地に掘り起こそうという真摯な姿勢に貫かれていた。それは、まさに「巡礼」という意味合いでの行脚だったといえる。
本書は、北海道から岡山県までの21都道府県にわたった旅日記であり、古いものは20数年前の記録なので現在とのズレもあるが、当時からの食文化の変遷などにも感慨を促される。
そばうどん店の主人になる
開業のために必要な情報が満載の一冊。これからそば店を開業しようという、人にとっては恰好の教科書、参考書となる書籍だ。
成功させるには何が必要か。それを商売の基礎、商品たる蕎麦や饂飩の基礎知識から解きほぐしたのが本書。
これをじっくり読み込むと、既存の経営者も思わずひざを打つ場面が随所に出てくるはずである。
とくに目立つのが5章で構成された「独立開業の全プロセス公開」。
事業計画、資金調達、物件探し・工事、届け出と、実に要領よくまとめられていて、実務的な不安はこれによってかなり解消されるだろう。
手打ちや定番メニューは思い切って割愛してあり、むしろ技術面に酒菜、甘味、デザートに重点を置いた紹介もこれからの店に応じるメニューを示唆しているようにも思える。
また、事例の研究は、必ずしも成功例だけではなくて、発展途上店も多く取り上げている。
よって開業希望者には親しみやすい内容となっている。
登場する店主の笑顔が満足げであることも楽しめる。