青春の影

久々といっても随分なもので、実は20年ぶり。
会って飲んでいるうちに「青春の影」なんて懐かしくなって口ずさんでた。
これを酔っぱらっての上と済ませるなら、それも良いのかもです。

その友と語り合っている間に知らされたある意味のパーミション。これは、僕を自由に、また、改めてこの詩を口ずさむことで紛れもない後悔と懺悔を行いはじめる事となった。

彼と会うことが今回の目的であったのだ。
だが、宜しく伝えておいてと、彼に伝えた思い出深い彼女。
実は、もう彼と同じ以上に会えていないもので、今までにもその面影を求め、でいつも思い出ばかりが増幅させていたのです。

何らかセンチになりそうな場面や季節にになれば件のチューリップとかビージーズ、アラベスクとか、そうバギーボーイなんてのは鮮烈に匂いと共に思い出すものて、実は家の前を通ったりした事もあったりしてその近くを今だ聖地的にとらえているような乙女的思考で恥ずかしいのだけど事実。あの時にああなればどうだとか真剣に一人思い詰めていたりもうこれこそが天罰の対象です。

最近僕は、遠い昔の記憶にある鮮烈で忘れられない友人に会いたがっているようです。

これはむしろ本能的なものが求めているから、不思議な想いもあるんだけど、今回の彼に会う前には同じような年代に遊んだ友人との再会を致しました。何か内因的に気になることでもあるのでしょうな、死とかイメージしていてもう会えないかもなあ等と安に記すことでもないけど一期一会を心根においております。

そしてこれら一期一会を通しても、これを機会にどんなことがあってもこの世の中を生きていかねばならないと思うのです。この世に逃避するのではなく与えられた生命を全うするまでの時間を大切にベストを尽くして生きてゆかねばならないのです。

しかし自分の運命は自分自身で創るものであって、決して他人が創るものではありません。人は自分の行為を原因として、その結果を自分で背負うものであることを忘れてはならないと、歌がどうたら逃避する前にこれからも更に幸せな人生行路があることを願う。これは今の僕に出来る唯一の想いなのでしょう。

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