九州三十六不動霊場二番札所 神宮寺に向かう国道からも周防灘が美しかった。
国東半島の中にある霊場ものこり二カ寺となってきたのだが、この蒼い海がいつも煌びやかに輝いていてくれたのは幸いした。
田深の集落から両子山に入る隘路を登ってゆくと、大嶽山の麓に向けて神宮寺道がのびている。
ただこの道で良いのかと何度も確認したくなった程で、この、苔むす石段をみても如何に山奥に鎮まっているのかが理解できる。正に日と影である。
神宮寺の山号となっている大嶽の峯は標高560mで、両子山の東側にそびえていてその山ふところに抱かれています。
寺名は、いわゆる宮寺の意味で、神仏習合を最もよく表しています。
六郷満山では本山本寺八カ寺の一つに鞍懸山神宮寺がありましたが現在は廃寺、本山本寺十カ寺の大嶽山神宮寺のみが今もその名を留めているのです。
神宮寺は、明治二十九年に不慮の火災によって講堂を焼失したことから焼仏の里と称している。
この地に伝わる修正鬼会の火が原因とはいえ、炎につつまれた仏は人々の心に何を悟らしめたのだろう、寺号から本地垂迹の祈りが偲ばれる。
六郷満山の各寺で旧正月に行ぜられる修正会は、一般に鬼会と呼び、始まりは日本国中の神仏を仁聞菩薩が勧請し、五穀豊穣・無病息災・所願成就を祈願したことに縁起する。修正鬼会の火の不始末から講堂と諸尊を焼失したという事実、収蔵庫にはその焼けた仏が展示されているのだが、その鬼面も同じ屋根の下にある。
正に、仏の慈悲であろう。
また、この国東は神仏に満ちていて、庭先に庚申の神をお祀りしているようなお宅が多い。
神宮寺も前庭に、石仏が露座していて、手向ける花が愛惜をそそる。
庚申の神とは道教の教えによるもので、その中でも興味深いのが庚申さんの教えである。
人間の体内に三尸神といい、俗にいう獅子身中の虫が三匹いて、上尸神は頭の病を、中尸神は胸の病を、下尸神は下の方の病気を起こすという。
庚申の夜に、これら三匹の虫が、爪の先から出て天に昇り、天王の玉皇大帝(北極星、妙見さん)にその人の悪口をいいに行くとされているのです。
天王はその悪口を聞いて、鬼籍のエンマ帳にその人の寿命を書き、前もって死ぬ時期を定めるといわれており、庚申の夜には、三尸神の悪口をいわず、徹夜して行いを慎むか、なるべく長い間、その夜は皆が寄って話し合う風習が行われてきて平安時代にこの守庚申信仰が行われていた。
穿った考え方をすれば、酒を呑むための口実かとも思えるが、見ざる・言わざる・聞かざる。
やはり、悪いことを見るな・悪いことを聞くな・悪いことを語るな、との反省を促されるものだろう。
第2番
ー天台宗ー 神宮寺 大嶽不動
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