蕎麦粉がないと、蕎麦の話など出来るものではない。また、蕎麦粉がないと粉の話など興味を持たなかったろう。
今回ご紹介する粉(こな)は、文字どおり粉の話に終始する興味深い書籍だが、まずは蕎麦粉のおさらいから。
玄そばは、外側から順に、鬼皮、甘皮、胚乳部、胚芽という構成になっておりますな。玄そばから、鬼皮を除いたものが、「抜き」。そして、この「抜き」を、挽きながらふるいにかけてゆくと、何種類かの「粉」が出来上がると言うわけだ。蕎麦粉の種類とは、一番粉から三番粉。
一番粉の色は純白で風味には乏しいが特有の甘味や香りを楽しむことが出来ます。「抜き」を軽く粗挽きしますと胚芽の中心部分が砕けてきて、これをふるいにかけて選別した粉。
さらに挽くと一番粉にならなかった胚乳部や胚芽が砕けてくる。これをふるいにかけると二番粉。色が薄い緑色になっていて蕎麦の香りや風味が一番出やすいと思う。三番粉は残り全ての甘皮までも挽かれるから香りは一番強い。
もう一つの粉は、挽きぐるみ。
鬼皮だけをとって、甘皮まで一緒に挽き込むから、色は随分な黒っぽさを見せる。
蕎麦粉一つでも、大まかにこの様に分けられ、店ごとには粉の挽き加減や、配合の仕方は店のこだわりで変わってくるようで、石臼にこだわる店も多い。本日ご紹介する書籍ではその石臼については「二種の石臼伝来」と「開花した日本の粉文化」の章が楽しいのであるが、この本の著者は粉体工学の第一人者で、石臼に関する研究でもよく知られる人で、蕎麦粉にかかわらず全体を楽しく学べる構成となっているのでご紹介したい。
「調理は扱うものが食べ物であるだけで粉体プロセスそのものだから、主婦は皆粉体工学実験者で私と同類」という著者の柔軟な発想から見た「日本の食文化の伝統」の章はマジでおもしろい。日本の多彩な食文化に貢献した摺鉢の話に始まって、ゴマ・豆腐・ユバ・凍豆腐・団子・御幣餅・稗だんご・もちつき・八丁味噌と、専門の粉体工学と伝統的食文化への敬慕の情を織り混ぜた視点をもって洒落たエッセイに仕立てている。
とくに「文明の粉体史観」では、人類文明の歩みを「粉」をキーワードにとらえ直してあって興味深い。人類が粉づくりを発明した1万年前の旧石器時代から出発し、パンなどの粉食の発見、臼の進歩、火薬製造、日本の石臼、エジソンの電球、液晶ディスプレイ、そして泣き砂と話題は縦横に広がり、果ては最先端のナノテクノロジーまで行き着くのです。これはまさに壮大なスケールで展開する粉物語なんですが、専門書的ではなくて平易な語り口で記してあるからとても読みやすく、粉体というものがいかに人類の文明に役だってきたのか楽しく理解できる構成です。
ところで、二八蕎麦(にはちそば)の由来をご存じだろうか。
今では、蕎麦粉の割合、つまり蕎麦粉を八割、つなぎの小麦粉二割で打った蕎麦のこと、という説だけど、もうひとつ有力な説があります。「2×8=16」(にはちじゅうろく)の語呂合わせで、江戸時代、そばが一杯十六文で売られていたから、というものです。この由来などは本にも記されていませんが、粉のことならこの書籍、諸説粉々で本当に楽しく読むことが出来ました。お勧めです。