櫛田神社から少し東へ、大きな「祗園」の交差点。その大きな通りに面しているお寺は、はじめて博多に来たとき「なんて立派なお寺だろうか」と衝撃を覚えたのを思い出す。
「逆打ち」一回は「順打ち」三回相当のご利益、功徳があると言われているが、これを狙って逆打ちを始めたのではない。前回記したとおり更に不動尊とのご縁を深めたいその一心にある。
万が一、お不動様がこの霊場を小生よりも前に進んでおられたなら、追いつかなければお出逢いすることは出来ない。そんな可能性もある。だから逆に打つことで進んでこられるお不動様とのお出会いが叶う。その可能性が高くなるではないか。それ故の逆打ちでもあります。
以前に霊場は順に打ってこそ、との教えを頂いたこともあります。
しかし今回は種々と小生にも背景事情があります。お許し下さい。
さて、ここ東長寺さんは「結願不動」、三十六番目の巡礼地であって、一番目ではありません。
ですからお出迎えいただいたお坊さまには、小生の逆打ちについて事情をお聞きいただきました。そしてそれならとお軸をお出しいただいたのです。
お出しいただいた巡礼用の「お軸」を拝見して驚きました。
近畿三十六不動尊の指定軸だったのです。
それももう廃盤となっている「黄不動尊」のお軸、山中大仏堂のもの。写真ではわかりつらいのですが、見事な西陣織で昔の職人さんが丁寧に織り込まれているのがわかり、見ればみるほどとても深い丁寧な西陣織の刺繍が施してあるのに気づきます。
(サイズは通常の掛け軸サイズで、色の付いているところは全て刺繍です。)
お聞きすると、もう20年以上も前からこの納経所にあったのだと言われます。
これも本当にご縁だなあと早速求めさせていただいたわけですが、あとになって重くなってきた訳ですが、、、。
お不動様に誘われるままに始めた「九州三十六不動尊めぐり」。
このお軸の事といい何やら重さを感じてきました。
小生一心の願い、更に不動尊とのご縁は随分と遠く思いものなのかなあと思うところでもあります。
さてさて、ここ東長寺さんは、真言宗の別格本山でありますが、弘法大師が創建したお寺としては、九州で一番古い霊場です。
そのいわれとしては、唐での修行を終えられたお大師様が博多港に着かれた際に一軒の船宿を買い取られ仏像や法具・経典を納められ、そこを寺とした。そして真言密教が九州の地から東に長く伝わるようにという願いを込められ「東長密寺」と名付けられたのです。
その時、お大師さまは33歳だったのです。
小生が巡礼に訪れたとき、近くの学生さんに福岡大仏さんはどこかと尋ねられた。
その時、「ソコノカイダンヲ、ウエニアガルッタイ」と精一杯の博多弁で道案内をしてみたが、あとで東京からの修学旅行生だとわかって少し恥ずかしかった。この大仏さまの台座の中では「地獄・極楽めぐり」が出来る。
地獄絵を見たあと真暗なところを進むと極楽の絵にたどりつく。
その真っ暗の道は、曲がっていて、何も見えない中を手探りで進んでいくのは何かしら今の自分の心境にもにている。地獄・極楽めぐりではすぐに出口の光も見えてくるのだが、生きてさえいれば必ず光は見える、いつでも極楽にいると思えばそこが極楽なのです。
新たな場所で新たな考え方を起こせるほど、身の内外を見事に磨けばきっと良いご縁が来る。
これは間違いのない真実なのです。
九州三十六不動霊場めぐり 36番札所 -真言宗- 東長寺(結願不動)
〒812-0037 福岡県福岡市博多区御供所町2-4
TEL 092-291-4459
福岡市地下鉄「祇園駅」から地上に出たところです。