「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまる例しなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」…鴨長明による随筆『方丈記』の冒頭に綴られたこのフレーズは、日本人の時間感覚の象徴であるといわれる。
そこには変化しながらも繰り返される日本の季節への思いと仏教思想に由来する無常感が込められている。
「変化」が、「進歩」や「発展」を意味するようになったのは、近代以降のこと。変化をあらわす言葉「うつろい」は「うつ=空」を語源とし、空しさやはかなさとともにあり続けてきた。
空しくはかないものであるからこそ、日本人は一瞬のときを愛し、うつろいゆく風物に想いを込めて、「花鳥風月」に代表される四季の意匠で衣食住を飾り、さまざまな年中行事で日常生活を彩ってきたのだ。
ここは古くから博多っ子に「おくしださん」の名で親しまれている博多の総鎮守。
境内には県の天然記念物に指定されている大銀杏の古木があり櫛田神社のシンボルの一つとなっている。
また、博多どんたく(5月)、博多祇園山笠(7月)の「追い山」の舞台、博多おくんち(10月)としても知られる。隣接して山笠や宝物を展示する博多歴史資料館もあって見どころも多いが、一番のお気に入りは写真の「えと恵方盤」。
十二支を干支を刻んだ円盤が、神社の楼門内にある。毎年の大晦日に円盤を縁起の良い方向に示して新年を迎えるのだ。
博多という街は自分をリセットしてくれるところであって、訪れる度に好機を与えてくれる。
七月の終わり、夏越しの祓いではありませんが、この円盤の下で自分自身を恵方に向けてみたり。
しかし、飛行機でご一緒させていただくとは偶然と言うべきか今回の先生との再会に素直に感謝です。
東京でお会いする約束も頂き本当に楽しみと、今回の博多はこれが一番良い出来事でありました。
追記:こんな事もあるのだろうか。往路だけではなく、復路まで先生と飛行機の席を同じくさせていただいた。偶然も二度重なれば必然として受け止め好機とも言えるヒントを素直に受けとらせて頂いた。