夫と妻の間柄

この夫婦カウンセリングのカテゴリで書き始めた最初のポストで、「特に厳密な制限をもって一切の事例を紹介することは無い」等といかめしく書いていたのだけれど、統計的な事例の提示ならよろしいかと思われましたので、少し記してみます。

前回「弱さを憎んで配偶者を憎まず」などと記し、「夫婦関係の改善には時間をかける必要がある」と記しました。その続きです。

夫と妻の間柄。
浮気調査の必要を感じたときにも、それ以前にお話しをお聞かせいただければ、解決することって、案外多いのです。

さて、その間柄には、時間の経過に伴って問題が介在し始めて見え隠れするような事もあります。
このことは以前までにも記しておりますが、それは、単に互いにもともと存在していた何らかの弱さ、そしてそれに伴った自分と、相手との行動様相変化から生じた弱さなんです。
だから、以前から変わらない関係だと思っていたのに、配偶者との関係には、どちらかの弱さに気づいた途端に亀裂が生じてくるものです。

つまり知らず知らずのうちに、変化している夫婦間の接し方や行動のパターンの変化も、ある出来事が起こった瞬間に一気に膨らんで露呈するのです。
そんな時さらに、相手の弱さと向き合ったりすると、自分の弱さ、つまり援助できない自分や、相手を「変えようとしても変えられない事」にも気づいてきて、結果それらは自分を冷静に省みることが出来なくなる要素へと変化して行くのです。

夫婦の間で話し合うとかといった基本的な事を忘れ、互いに視線を合わせなくなったりする、必ず直面していなければならない現実から逃避するといった行動を取り始めるようなこと、これが現実によくある事なのです。

そして、この様な状態に輪をかけて、何らかの浮気や不倫の問題が生じたとしたらどうでしょうか。
夫婦間においては受容と共感の関係が必要なんだと、常から感じているのだけれど、もうそうなってしまったら、そんな簡単な一言で解決できるようなも問題でありません。

だからこそ、おかしくなるような兆候が見え隠れする前のところが大切。
これを踏まえまして本題です。

さて、「性質」という言葉があります。
漢字に分けると「性」と「質」ですね。
一応人様に当てはめると、どちらかは変わらないものとされております。
たとえば、長男と長女が結婚して夫婦関係になります。
するとどういった状態になるのか、今回はこの事例を示してみたいと思います。

長男も長女にも、かならずお父さんとお母さんがおります。
そのお父さんやお母さんに育てられたか否かも含めて、その長男と長女には育てられ方があるわけですから、基本的にあるとか合わないとか言った傾向もあります。

例えるなら、厳しい父親の元に育った男性は、女性を受け入れることに対して、意識を向けない様な事が多いのは不思議です。

特に、その男性つまりが長男である場合その傾向は強まり、女性の言うことを聞き入れようとしないのです。

だから、女性の側にすれば自分への扱いが悪いと感じるようになります。
しかし、男性は女性のことを軽蔑したり腹立たしく思っていたりはしていないのです。

男性は、子どもの頃、つまり過去からの延長線上にいて、同じような行動をし続けているだけなのです。
なので、女性が長女ではなくって、次女や三女、末っ子として育っていると、この様な長男の男性とうまく行くような事が多いのです。
それはいつも夫の方が提案や行動をし続けてくれるからなのかもしれませんが、とても良い関係の方が多い。

ところが、長男と長女の場合、また、次男と次女、三男と三女、末っ子と末っ子など、育てられる環境が同じだろうと考えられる同士、依存的な環境同士だと、そうはうまく行かないようです。
育てられ方の過程において、学ぶというか身につけてゆく基本的な姿勢がぶつかり合うようになることが多いようです。

つまり、長男長女だと主導権の争い、次男次女などの下の子同士だと相手が何かをしてくれるまで待っている依存的な争いなどでうまく行かないケースが多いというわけです。

最近ではジェンダーに関する問題などもあります。
男女の役割的な話しには触れたくありませんのでこの辺りにしますけど、生まれてから誰にどのように育てられてきたかも関係しますが、大切なのは長男か次男かといった自分の素地と、相手についての育てられ方の素地を知るだけでも、随分互いのことを理解する助けになることを知る事ではないかと思うのです。

そうすれば、互いの価値観がそう簡単にぶつかり合うこともないでしょうし、互いの行動様相の変化も「知らないうちに」から「理解し合いながら」に変化するようになります。
たとえば、夫婦間で少し気まずいような時に、簡単に考えておきたいポイントです。

「なぜ自分が気まずさを感じているのか」
この点を、自分の育てられ方の位置づけの上で考えてみると、どんな風に思えるでしょうか?

それは、「自分がしてしまったこと」にあるのでしょうか、「自分が気づいている相手の事」にあるのでしょうか、それとも「自分がしようとしている事」にあるのでしょうか?

もう少し考えてみましょう。
「自分がしてしまったこと」「…相手のこと」「しようとしていること」そのいずれもは、もしかすると、あなたが隠そうとしている事なのかもしオれません。

「弱さを憎んで配偶者を憎まず」
とんでも無く悪くなった夫婦関係でも、もともとは夫と妻の愛情しか存在しないわけだから、互いの自己解決能力が呼び覚まされる事よって元の状態にすることも可能なのです。
もしも貴方がここに気づかれたら、浮気や不倫の調査を探偵さんに依頼する必要など無くなるというわけです。

判らなくなったとき、まずお話しをおきかせください。
その上で、最善の方向を選択してゆきましょう。お力添えします。

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